【図柄など解説】
聖遺物が収められた(小さな)入れ物をフランス語でルリケールなどと呼びますが、
よく見かける一般的なルリケールは片面がガラスか樹脂の窓で中が覗けるようになっておりそこに聖遺物が収められている(封蝋されています)(開封はできません)タイプですが
こちらは珍しく、ペンダントトップとして使う小さなロケット型です。1900年代初頭〜前半の品。
アンティークジュエリーなどでは故人の写真などを入れて使うフォトフレームとしてのロケットはよく見られますが、ルリケールでこのタイプは珍しいです。
バチカンを通す輪の部分にシルバー800を意味する800刻印が打たれています。
内側片面には聖遺物が納められて、ガラスで蓋がされています(内側が固定されていないので今逆さまになってしまっていますが)
聖遺物アイテムの最大の特徴は(密封されている)(所有者が中を開ける事ができないようにしている)です。
開閉問題なし
紙の帯表記は S.Philom V.M
ラテン表記で S.Philo(u)mena V.MはVirginis et Martyris の略(おとめ 殉教者)
イタリア語だとSanta Filomena(di Roma)
有名な4世紀の殉教者フィロメナの名前です。
*聖フィロメナ
かつてカトリック教会で崇敬されていた殉教した少女である。4世紀に殉教した若いギリシャの地方総督の娘であったと言われている。
3世紀前後、ローマ皇帝ディオクレティアヌスはキリスト教徒を激しく迫害していたが、同じ頃、信仰に篤いフィロメナは聖アグネスの幻視を受け、自分の運命を知った。皇帝の結婚の申し出を拒んだフィロメナは投獄され、槍で突かれたり、矢で射抜かれたり、むち打ちを受けたり、水に沈められたりしたが、天使の助けによって奇跡的に死を免れた。最後はキリスト教徒の数が海の砂ほど多くなるのを預言し、首を跳ねられて殉教した。斬り落とされた首は微笑みを浮かべ、後光が取り巻いていたと言われている。
全世界で使われるローマ典礼暦にフィロメナの祝日は含まれなかったが、1837年以降は一部の場所で認可された。1920年の典型的なローマ典礼書には、ミサ典礼が用いられる場所が殉教した乙女が一般的であり、聖人に適当な者がいない箇所であるという指示と共に、8月11日にフィロメナに対する言及がある。
しかし1961年2月14日、ローマ教皇庁はフィロメナの名前をすべての典礼暦から外すよう命じた[1]。したがって、自発教令「スンモールヌム・ポンティフィクム」によりローマ典礼の特別な方式として使われている1962年版のローマ典礼書は、フィロメナについて触れていない。
1961年2月14日、ローマ教皇庁はフィロメナの名前をすべての典礼暦から外すよう命じた。
そんな古い時代の聖遺物、しかも実在していたかどうか怪しまれてるフィロメナの聖遺物なんて残ってるものなのか、という点については
それを言ってしまうと大半の聖遺物がそれこそ眉唾に思えてくるので、その辺はあまり突っ込まないほうがいいかもしれません。
【素材】
シルバー
【重量】
3.0g
【サイズ】
円の大きさφ17 厚み8mm
【備考】
*アンティーク、ヴィンテージ、中古品は経年変化による変色、汚れ、染み、傷、破損等ございます。画像をよくご覧頂き、ご判断、ご納得の上でのご購入をお願い致します。
*チェーンは撮影用小物です。付属品ではございませんのでご注意下さい。